最高裁判所第一小法廷 平成9年(オ)912号 判決 1999年2月04日
奈良市北登美ヶ丘六丁目三番三号
上告人
野村裕皓
大阪府寝屋川市点野四丁目一一番七号
上告人
大裕株式会社
右代表者代表取締役
野村裕皓
右両名訴訟代理人弁護士
中嶋邦明
平尾宏紀
井上楸子
右補佐人弁理士
鎌田文二
東尾正博
鳥居和久
兵庫県明石市大久保町江井島一〇一三番地の一
被上告人
日工株式会社
右代表者代表取締役
芝幸雄
右訴訟代理人弁護士
岡村泰郎
河合徹子
濱岡峰也
大阪市中央区高麗橋四丁目一番一号
被上告人
東洋建設株式会社
右代表者代表取締役
大西章
右訴訟代理人弁護士
藤木久
右当事者間の大阪高等裁判所平成八年(ネ)第一五五九号実用新案権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成九年二月二〇日に言い渡した判決に対し、上告人らから上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人中嶋邦明、同平尾宏紀、同井上楸子、上告補佐人鎌田文二、同東尾正博、同鳥居和久の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大出峻郎 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)
(平成九年(オ)第九一二号 上告人 野村裕皓 外一名)
上告代理人中嶋邦明、同平尾宏紀、同井上楸子、上告補佐人鎌田文二、同東尾正博、同鳥居和久の上告理由
第一点 原判決には民事訴訟法第三九五条第六号所定の理由不備の違法がある。
一 原判決は、本件考案にいう「コンベヤ」の意義について、本件考案に関する本件明細書の記載からみると、本件考案にいうケレン機は、鋼製足場板を長手方向に移動させ、通過する足場板に打撃を与えるものであり、このケレン機は鋼製足場板を支持して搬送するコンベヤの搬送途中に配置されるものであるから、本件考案にいうコンベヤとは、足場板を長手方向に搬送するものと解するのが、その文理と内容に即した解釈であると考えられるとしている(原判決一五頁末行ないし一六頁五行)。
しかし、本件考案にいうケレン機が、鋼製足場板を長手方向に移動させ、通過する足場板に打撃を与えるものと解釈すべき理由は全くない。
この点、原判決は、本件明細書の<従来の技術>欄に「(近年)、鋼製足場板を長手方向に移動させ、通過する足場板に打撃輪を衝突させることにより、コンクリートを剥離するケレン機が:提案されてい(た)」旨の記載があることから、本件考案にいうケレン機が、鋼製足場板を長手方向に移動させ、通過する足場板に打撃を与えるものとの解釈を導きだしているものであるが(原判決一四頁六行ないし一七頁二行)、そこでは、なぜ従来の技術において、右のようなケレン機が提案されていたことをもって、本件考案にいうケレン機が鋼製足場板を長手方向に移動させ、通過する足場板に打撃を与えるものと解釈されなければならないのか、全く説明がない。
さらに、仮に、本件考案にいうケレン機が、鋼製足場板を長手方向に移動させ、通過する足場板に打撃を与えるものと解釈できるとしても、本件考案にいうコンベヤについて足場板を長手方向に搬送するものと解釈することはできない。なぜなら、本件明細書によれば、<従来の技術>欄に鋼製足場板を長手方向に移動させる旨の記載はあるものの(甲第二号証公報1欄22行ないし25行)、本件考案自体の説明にかかる部分(実用新案登録請求の範囲の記載、<問題点を解決するための手段>欄の記載及び<作用>欄の記載)においては、コンベヤの搬送方向ないしは足場板の移動方向に関する記載は一切存在しないうえ、従来の技術においては「コンベヤ上の鋼製足場板を挟持して持上げこれをテーブルリフタ上に積重ねる移載機」の存在はもちろん、「コンベヤ」自体の存在も全く問題となっていないからである。足場板の取出し及び積重ねの自動化を課題とする本件考案において重要な意味を有する「コンベヤ」を、その存在自体が全く問題となっていない従来の技術においてケレン中の足場板が長手方向に移動していたことをもって、足場板を長手方向に搬送するものと解釈することは到底できないものといわなければならない。
以上要するに、原判決は、コンベヤによる足場板の搬送が全く問題とならなかった従来の技術においてケレン中に鍋製足場板が長手方向に移動していることをもって、本件考案において足場板を搬送する装置であるコンベヤについて鋼製足場板を長手方向に搬送するものと解釈したものであり、そこでは、なぜ従来の技術においてケレン中に鋼製足場板が長手方向に移動することをもって、本件考案におけるコンベヤが鋼製足場板を長手方向に搬送するものでなければならないのか合理的説明が全くないものである。
二 また原判決は、本件考案は、搬送コンベヤの取出側端部の側方に足場板を積み重ねて載置するテーブルリフタを設け、上記コンベヤとテーブルリフタにわたる上部に、コンベヤ上の足場板を挟持して持ち上げ、これをテーブルリフタ上に搬送して積み重ねる移載機を配置したものであり、本件考案において、足場板が長手方向に搬送されるのは搬送コンベヤの取出側端部まで、言い換えればテーブルリフタの側方に相当する位置までであるから、本件考案においては、そこまで足場板を連続的に搬送する搬送装置をもってコンベヤと称しているものと解するのが、その構成に即した解釈であると考えられるとしている(原判決一六頁五行ないし一七頁二行)。
確かに、本件考案が、搬送コンベヤの取出側端部の側方に足場板を積み重ねて載置するテーブルリフタを設け、上記コンベヤとテーブルリフタにわたる上部に、コンベヤ上の足場板を挟持して持ち上げ、これをテーブルリフタ上に搬送して積み重ねる移載機を配置したものであることはそのとおりである(甲第二号証公報1欄4行ないし9行)。しかし、「本件考案において、足場板が長手方向に搬送されるのは搬送コンベヤの取出側端部まで」といかなる理由で解釈できるのか、全く合理的な説明がない。
なお、テーブルリフタの側方という概念が、テーブルリフタとコンベヤとが垂直方向においても同位置にあることを要求するものでないことは、本件考案においてテーブルリフタ自体が昇降動する構成であることから自明である。
三 さらに、原判決は、本件明細書には、足場板の持ち上げが移載機による挟持の前に行われることを示す記載や図示がないのはもちろん、その示唆もなく、本件考案においては、足場板を持ち上げながら昇降動するものとしては移載機が予定されているのみで、これとは別に足場板を昇降動させる装置は予定されていないものと認められるとしている(原判決一七頁八行ないし一八頁三行)。
しかし、本件明細書に足場板の持ち上げが移載機による挟持の前に行われることを示す記載や図示がないのは、この部分について、本件考案の実施例として、これをわざわざ説明することは実施例の性格上関連性・必要性がなく、かえってこれを加えれば実施例としての簡明性を失うこととなるからである。この意味で、その部分の記載や図示がないのは出願実務における常識である。よって、前記のような記載や図示がないからといって、本件考案において、足場板を持ち上げながら昇降動するものとして移載機以外の装置が予定されていないと断定することは判断の前提を誤っている。
さらに、本件考案の実用新案登録請求の範囲においては、従来の技術に関する記載とは異なり、足場板の移動方向を限定する趣旨の記載はなく、足場板の持ち上げが移載機による挟持の前に行われることの示唆がないと必ずしも断言できるものではない。
また、足場板の持ち上げが移載機による挟持の前に行われないことの示唆がある場合にその旨の限定解釈を行うことは格別、足場板の持ち上げが移載機による挟持の前に行われることの示唆がないことを理由に足場板の持ち上げが移載機による挟持の前に行われない旨の限定解釈を行うことは、権利解釈の手法としても誤っている。
以上、要するに、原判決一七頁八行ないし一八頁三行の記載は、全く理由となっていない。
四 以上のとおりであるから、結局原判決は、本件考案における「コンベヤ」の意義について、全く合理的な理由なくして、「仮に、移載機とは別に足場板を昇降動させる装置を設けた場合、それがその装置自体としては、控訴人らのいう『技術用語による特許分類索引』上の『コンベヤ』の中に含まれるものであるとしても、これを本件考案にいうコンベヤといえないことは明らかであるといわねばならない。」と結論づけた(原判決一八頁四行ないし八行)ものであり、理由不備の違法があることは明らかである。
第二点 原判決には、実用新案法第一条の解釈適用を誤った違法がある。
一 実用新案法第一条は「この法律は、物品の形状、構造または組合せに係る考案の保護及び利用を図ることにより、その考案を奨励し、よって産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定する。右規定は、実用新案制度が考案の保護と利用を図ることによって終局的に産業の発達に寄与すべきものであることを明らかにしたものであって、考案の保護と利用は、実用新案制度の支柱ともいうべきものであり、そのいずれを欠いても実用新案制度は成り立たない。
ところで、考案の技術的範囲は、「実用新案登録請求の範囲」の記載を考案の詳細な説明を検討・参酌して解釈することにより一義的に決定されるべきものであるところ、右の解釈にあたっては、法令の趣旨を没却しないよう留意してこれをなすべきことは当然である。
よって、本件考案にいう「コンベヤ」の意義を解釈するにあたっても、考案の保護と利用を図るという実用新案法の趣旨を没却することのないよう留意しなければならない。
二 そこで考えるに、原判決は、本件考案にいう「コンベヤ」を足場板を長手方向に搬送するものとし、あえて「技術用語による特許分類索引」上の「コンベヤ」より狭い範囲のものに限定して解釈している。
しかしながら、このように本件考案にいう「コンベヤ」を限定して解釈するときには、当業者は、移載機による足場板の挟持の際に足場板を支持する搬送装置について足場板を長手方向に搬送しないものを用いさえすれば(例えば、足場板を短手方向に搬送するベルトコンベヤを移載機の挟持の直前に挿入するなど)、極めて容易に本件実用新案権の侵害の結果を免れうることとなる。これを言い換えれば、本件考案にいう「コンベヤ」を足場板を長手方向に搬送するものと限定して解釈することは、本件実用新案権を実質的に全く無内容のものとすることに等しく、考案の保護を図るという実用新案法の趣旨を没却することが明らかである。
以上のとおりであるから、原判決は、実用新案法第一条の解釈適用を誤った違法がある。
第三点 原判決には、経験則違背の違法がある。
一 原判決は、本件考案にいう「コンベヤ」の意義について、本件考案に関する本件明細書の記載からみると、本件考案にいうケレン機は、鋼製足場板を長手方向に移動させ、通過する足場板に打撃を与えるものであり、このケレン機は鋼製足場板を支持して搬送するコンベヤの搬送途中に配置されるものであるから、本件考案にいうコンベヤとは、足場板を長手方向に搬送するものと解するのが、その文理と内容に即した解釈であると考えられるとしている(原判決一五頁末行ないし一六頁五行)。
二 そこで考えるに、本件考案は、ケレン機からの鋼製足場板の取出し及びケレン後の鋼製足場板の積み重ね等の作業を手作業によって行うことの問題解決の手段として、コンベヤとテーブルリフタの上部の位置に、コンベヤ上の足場板を持ち上げ、これをテーブルリフタ上に積み重ねる移載機を配置するという構成を採用したものであり(甲第二号証公報2欄9行ないし17行)、この点に本件考案の特徴がある。換言すれば、本件考案は、ケレン機とコンベヤと移載機とテーブルリフタの組合せをその特徴とするものであって、右組合せの各要素であるケレン機、コンベヤ、移載機、テーブルリフタ自体については何ら本件考案に限った特殊の構造を要求するものではない。したがって、これら各要素については、特に明細書において明確にその構造等が限定されている場合あるいは本件考案の性質上その構造が機械物理的に限定される場合を除き、その各々に関する周知・慣用の技術を適宜採用することを想定したものと解するのが経験則に合致する。
これを本件コンベヤについてみるに、本件考案に関する本件明細書の記載によれば、鋼製足場板の移動方向が長手方向に限定されているのは従来の技術におけるケレン作業に関する記載の部分のみであって、本件考案にかかる記載の部分においては、「鋼製足場板を支持して搬送するコンベヤ」であること、「(そ)の搬送途中に、通過する鋼製足場板に打撃を加えて付着物を剥がすケレン機を配置し」てあること、「コンベヤの取出側端部の側方に鋼製足場板を積み重ねるテーブルリフタを設け」ていること、「コンベヤとテーブルリフタにわたる上部の位置に、コンベヤ上の鋼製足場板を挟持して持ち上げこれをテーブルリフタ上に積み重ねる移載機を配置し」てあることという各記載がなされているだけで、コンベヤによる足場板の移動方向については何らの限定もない。本件考案が、前記のとおりの課題解決手段として、ケレン機とコンベヤと移載機とテーブルリフタの組合せをその特徴とするものである以上、そこにいう「コンベヤ」は、ケレン機から足場板を自動的に取出しこれを移載機が挟持すべき位置まで搬送することを唯一の使命とするものであり、右機能を有するコンベヤであれば、周知・慣用の技術を適宜採用できるものと解するのが自然である。
三 ところが、原判決は、従来の技術において、長手方向に移動・通過する足場板に打撃を与えてコンクリートを剥離するケレン機が提案されていたことから、本件考案における「コンベヤ」も長手方向に足場板を搬送するものであると解釈したものである。
従来の技術においてケレン中に足場板が長手方向に移動していたからといって、本件考案において移載機を挟持すべき位置まで足場板が長手方向に移動しなければならない理由はなく、本件考案の特徴に鑑みれば、コンベヤそのものについてなんらかの限定をなすべき理由は全く存在しないのであるから、本件考案の「コンベヤ」について、これを長手方向に足場板を搬送するものと限定して解釈した原判決には、経験則違背の違法があることが明らかである。
以上いずれの点よりするも原判決は違法であり、破棄されるべきである。
以上